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Emile Jaques=Dalcroze

エミール・ジャック=ダルクローズ

E.J.=ダルクローズ(1865~1950)

ウィーンで生まれたダルクローズは10歳で両親の故郷であるジュネーヴに戻ります。

演劇と音楽の才能を持つ彼は後に独自の教授法と作曲分野で

その才能を発揮していくことになります。

1886年には副指揮者という立場でアルジェに行きますが、自然で独特の拍子感に

触れることとなり、それは後の学生の教授内容に生かされています。

又翌年には即興演奏の教育的意義についても研究をし、

1892年にはジュネーヴ音楽学院で音楽理論とソルフェージュの教授として迎えられます。

そこでは、学生に不足していた音楽表現のトレーニングや周囲の非難の中での身体トレーニングを試みますが、理解を得られないまま、1911年ドイツが理想郷として築こうとしていたヘレラウに招聘され、リトミックを世界に向けて発信する機会を得ます。

しかし1914年戦争勃発のため学院は閉鎖、ドイツを追われた彼はジュネーブに戻り、生涯ジュネーヴのダルクローズ学院で教鞭をとりながら、ロンドン、パリ、ドイツなどへ出向き、各地でリトミックの普及活動を行って行きました。

また1920年には『リズムと音楽と教育』を、1930年には『リトミック・芸術と教育』を出版し、これからの音楽教育、芸術教育、人間教育を世に問いています。

今日ではリトミックメソードは世界中で多様に展開されていっています。

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