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コラム【ダルクローズと散歩】③
その3《ダルクローズの家庭環境とペスタロッチ①》中館栄子 前回、ヨハン・シュトラウスによって、ウィーンはヨーロッパの文化の中心になったことをお話しました。 古代ギリシャから近代、そして現代、いずれの時代でも音楽の私達への影響は大きいですね。 さて、今回はダルクローズの小さい頃の家庭環境についてお話したいと思います。 具体的には毎週、彼はお母さんと音楽会に行っていたことぐらいしかわかっていませんが、彼のお母さんはペスタロッチの活動場所のそばに住んでいたということがわかっていますので、ペスタロッチの教育思想に少なからず影響は受けていると考え、ペスタロッチに焦点を当て、3回にわたりお話していこうと思います。 〈ペスタロッチの活動と教育思想 〉 ペスタロッチはスイスのチューリッヒに1746年に次男として生まれますが、牧師であり外科医の父は彼が5歳の時に亡くなり、決して裕福な家庭ではありませんでした。 その彼は牧師を志し、1764年チューリッヒの大学に進学します。 〈ルソーの思想に触れた大学時代〉 そこでペスタロッチは愛国主義的な運動に関与したことで退学と























