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私と作曲
以前、「私と即興」という記事を書きましたが、即興に加え、私にとって衝撃だったのが、作曲でした。ダルクローズは作曲家でしたから、大学のリトミックの授業には、当然のように作曲の授業がありました。それまで、先人が書いてきた曲を再現するというだけの音楽をやってきた私にとっては、自分で曲を作るという行為そのものが驚きに満ち溢れたものだったのです。私は作曲の活動に、傾倒していきました。学内の活動でも、学外の活動でも、自分の曲を発表する機会を見つけては、夢中で書いていました。卒業作品ではコンチェルトを書き、学内オーケストラで演奏していただくことが出来ました。卒業後はリトミックのレッスンはもちろん、仕事で作詞や作曲に携わり、その後自身の作詞・作曲活動を再開しました。リトミックで培ったものは大きく、全日本作曲家コンクール入選という結果をもたらしてくれました。入賞曲は楽譜として出版され、形に残ることになりました。即興も作曲も、私の音楽の歩き方を大きく変えてくれました。もちろんプラスティックアニメも、全てダルクローズ先生が残してくれた想像と創造の上に成り立っています。




















